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珍録記プロフィール 第1章 IN ニュージーランド

 

“CHIAKI”
こんにちは!
ゴルフ講師と整体師を仕事にしてます。原田千彰と申します。NZ,米、豪、三ヶ国のゴルフ留学経験と、有名コーチに習いゴルフを学び、対面での指導に限界を感じ、より多くの人に、自身のゴルフ上達論をお伝えする為に情報発信しています。

珍録記 プロフィール 第1章 IN ニュージーランド

高校卒業後、、、

ほとんどの仲間が大学へ進学する中、

不安もありましたが、当時は海外留学に希望期待憧れしかありませんでした。

タイガーマニアで日本のゴルフ中継よりもケーブルテレビのPGAツアーしか見ておらず、そこらへんから海外かぶれになって単純な動機で行ったのを覚えてます💦

今考えると日本を出て1人で海外へ行くなんて怖くてできないですww

若いって本当に後先考えず行動するウブな純粋さがあって懐かしく思えますよね

そしてゴルフ部の先生が英語の教師の方で海外留学へのいろんな伝手もあり、紹介サポートをしてくれました。

19歳になるまで必死にお金を貯め、それと合わせて両親、祖母の援助でなんとか19歳の春にニュージーランドへ旅立つことができました。

ゴルフ留学という名目で旅立ち、ある程度の語学力も必要なので3ヶ月の短期英語学校にも通うようになりました。

また学校が紹介してくれた学校からほど近い所にホームステイすることになりました。

そして学校が3時くらいに終わるのでそれからゴルフの練習に明け暮れます。

ニュージーランドのコースは年会費制のコースがほとんどで当時年6〜7万円払えば一年間何回でもプレーできるというものでした。

もちろん1ラウンド料金もあります。1ラウンドは4000円から7千円が相場です。

ちなみにホームステイは2週間で2万5000円程でした。

そんな生活を5ヶ月ほど続けて、ホームステイの方が「チアキ家出て行ってくれないか?」と唐突に言われます。

えっっ——-

一年間おっていいゆうたやん!!

これからわたしゃどうするの?

理由は夜帰ってくるのが遅いからだと。。。

まー今考えてみるとそりゃそうなるわなって思います。

夜は韓国台湾の友達と酒持ってフラフラしたり夜な夜なストリップバーにいってましたwW

ニュージランドは夜7時になると、店はほとんど閉まっていて遊ぶ所はないのですが自分のいた地域では夜遅くまで空いてるバーや卓球やビリヤードができるバーストリップバーなどがありそこで否応なくたむろしていました。

ちょうどその時自分の親が来ていてその事で喧嘩してお金の援助をやめると言われたのです。

今思うとごもっとも!!

しかし当時はまだ精神的にもまだまだ子供で開きなおり、「なんとかするわ!」と強がりすねてお金をもらうのを拒否します。

地獄の3ヶ月テント生活

そして手持ちがもう10万程しかなかったので、一番お金のかからない暮らし方を調べてテント生活に行き着きます。

まず2万円でテントのええやつを購入します。

テントの前にあるかっちょええマウンテンバイクはちょうどセカンドハンドショップで格安の1万円で購入できました。

そしてキャンピングカーの泊めておけるいわゆるキャンプ場で芝生の一角を借りて生活するというものでした。

いやー考えられない!怖い!怖い!この1枚の画像は思い出すと恐怖です!トラウマです!

話を戻しますと、最初一人で宿泊する土地を貸して欲しいと直談判した時は

「ホウァッツ?」

何言ってんのこの日本人みたいに門前払いされますが粘って粘ってそのキャンプ場の責任者の方にあって話した所快く快諾してくれました。

1週間3000円くらいでこの芝生の一角の土地を借りることに成功プラス、シャワー冷蔵庫プールも使っていいそうです。

さあ3ヶ月にもなる長い長い地獄の日々の生活のはじまりはじまり

この3ヶ月の最初の2週間目の一週間は恥ずかしながら初めてのホームシックになり真夜中トイレで泣いていたのを思い出します。

いやあ思い出しただけでも身の毛がよだちます。

ニュージーランドは気候が荒れやすく突然雨が降るスコールや強風気温のアップダウンで普通に夜寝ている時に雨が入ってきます💦

雷が来た時は死ぬかと思いましたWまたキャディーバックも隣に置いて寝てるので居住スペースがせまいせまい💦

 

よくこんなとこに3ヶ月もおったなwW

シャワーもニュージーランドは水不足と給湯器の湯を貯めてなくなったらまた、貯める給水システムなので5分でお湯が出なくなります。

最初のほうはそれを知らなくて優雅に頭洗ってたら水しか出なくて泣きながら体拭きましたよ笑

お金がなくてご飯ケチってたら、激痩せをしまして(現在80KG→58KG)その様子を見て隣のキャンピングしてる老夫婦や家族などの方々にたくさんのりんごやバナナをもらいました。

その時に他人の人から初めて人の優しさ、無償の愛を身に持って体感することができましたし差別するわけでなく、ホームレスの方々の気持ちが少し分かったような気がします。

そしてそろそろ働かないかんなと街をフラフラしてると日本人居酒屋がアルバイトを募集しているではありませんか!

 

翌日急いで直接乗り込むと即オK!!

いよーっしゃー!

そして同じアルバイトの方にバックパッカーというカバンひとつで旅する人の泊まるように専門でできた宿を紹介していただきました。

朝宿を掃除する代わりに宿の一室を貸してくれる契約(エクスチェンジ)で宿が決定しました。

すぐキャンプ場のオーナーにお礼の言葉を告げて引越ししました。

それからは充実した生活ができるようになり、朝は、エクスチェンジ宿の清掃をしてその後ゴルフの勉強練習実践。

夜は日本居酒屋で働くという毎日大忙しな日々でした。

韓国人や台湾人のゴルフ友達や現地で生活している多くの日本人に優しくされ助けてもらって生きていました。

こんな生活が1年続きましたが、僕の人生の時間の流れでいうと5年程の歳月が経ったんじゃないかというくらい味の濃い一年でした。

ニュージーランド留学での教訓

ニュージーランドでのゴルフ留学アンドワーキングホリデイの旅は自分の人生価値観を180度変えてくれるものでしたし、私の間違った意見かもしれませんが高校卒業したら大学進学して遊ぶより世界各国へ行き他国の文化を知り、その国の国民性を知り、自分の価値観の視野を広げるというのをオススメしたいです。

たった一人で行くことで行動力も自然とついてきますし、人間力も培われると思います。またほんっとうーーーに親のありがたみも身にしみました。

日本に帰ってきたらいたれりつくせり(やっぱり日本が一番)だれちゃってますが本質的な核として身にしみて学んできたことは変わらずに今も脈々と流れていると思いますWw

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